
イルクーツク→クラスノヤルスク→ノボシビルスク→チュメニ
7月1日イルクーツクを出てまずは1000km以上も離れたクラスノヤスルスクを目指すも、最初は高速道路のように快適だった道路が突然ガタガタのダートに変身、合計で300kmぐらい続いたのでないか。陽が沈まないのをいい事に走りに走ってクラスノヤルスクまでわずか100kmほどのところまで行ってしまった。暗くなり始めたので車中泊。
ロシアの幹線道路は大きな町に入ると突然途切れ市内をあちこち回される。標識を見失うと迷子になってしまい、誰かに聞かないと出られないと言った具合。また、こうした、町中や通過する村(部落)中ほど路面が悪い。これがロシアの道なんだろう。
ロシア人はスピード狂ではないかってくらい飛ばすし追い越しをかける。時速100km近くで走っていても当たり前のようにバンバン追い越して行く。道路が広いせいもあるがよく事故が起こらないものだと思う。ところがこうしたロシア人ドライバーも案外親切で警察がスピード違反や追い越し違反で張っていると対向してくる車はたいていパッシングで合図してくれる。

7月2日、しばらくの間ウェブから遠ざかっていたので、途中クラスノヤルスクでネットカフェを探そうと思ったがあまりに大きい町で脱出するのが大変だと考えここはパスする事に決め、インターネットの接続はノボシビルスクと決め一路車をぶっ飛ばす。しかし、この日は約900km走ったあたりで暗くなり始めた為ノボシビルスクの手前にあるモーテルに宿泊、設備は最低だがベッドで休む事ができたので体は楽だった。
7月3日 ノボシビルスクのダウンタウンに入り、イルクーツクへ電話をかけてお世話になったナターシャさんに無事到着を伝える。(とりあえずノボシビルスクに着いたら必ず電話をちょうだいとナターシャさんから言われていた)
その後ネットカフェを探しメールをチェック、掲示板に書き込みしようと思ったが、ロシア語が読めず、日本語バージョンに出来なかったので諦めた。また、いくら電話をしても繋がらなかったビタリーからの書き込みを読んで、指示通り別の電話をすると、彼はアパートを用意してあるから是非来るようにと要請してくれたが、彼の住まいはノボシビルスクから南に450kmほどの所にあるし、少し逆戻りすることになる為、二日がかりになってしまうし、行動予定が少々遅れ気味のになっている為、無念ではあったが丁重にお断りして先を急ぐ事にした。
ノボシビルスクから西のシベリアをシベリア低地と呼ぶようで、目に入る景色は多少沼地が多くなってくるが、白樺の林が途切れると地平線しか見えない。この日の走行距離は1000km近い。やっと見つけたオムスク郊外のバイパス沿いのカフェ件モーテルで食事をしたあと、空き部屋を訪ねたがいっぱいだった為、そこの駐車場(有料、60ルーブル=約300円)で寝る事にして車中泊となった。

7月4日 地図を睨めていたら行き先に変なラインがあるのに気付き確認すると、なんとカザフスタンとの国境になってしまうではないか。もともとは幹線道路だったところが、ロシア連邦崩壊後、少し北方向に別の幹線ルートが出来ているらしい。もちろん我々はカザフスタンのビザは持ち合わせていないし、一度出てしまったらロシアに入国することも出来ない。あと少しってところで気が付いたので、とりあえず国境からカザフスタンを垣間見てから引き返す。このあたりの白樺林がロシアで一番きれいだったような気がする。

新しい幹線道路方向に迂回すべく地図を見て行き先をチェック。まあロシアなので予測はしていたが、結構ひどい道を延々と走り続け何とか幹線道路に合流。夕刻が迫っていたから今日はホテルに泊まろうと、このあたりで一番大きい都市であるチュメニのダウンタウンに車を進めてホテルを探す、ボストークという駐車場付きの立派なホテル(久々)を発見、若干値は張ったが英語を流暢に話す綺麗な受付嬢に惑わされ宿泊。改装されていてとても綺麗な部屋ではあったが、この日はとても蒸し暑く扇風機を回しっぱなしだった。(高級ホテルは知らないがロシアのホテルには暖房があってもエアコンが無い)