
6月15日、長丁場と精神的疲労が残っていた事もあり、ホテルのチェックアウト時間の12時ぎりぎりまでハバロフスクでのんびりした。道に迷ったせいもあるが、車で2時間以上も市内をうろうろしてから、午後2時頃、やっとアムール川に掛かる橋を渡った。
ハバロフスクからチタの間シベリア大陸南部の中国国境沿いの、ツンドラ地帯を貫く2400km、うち1500kmが未舗装のとてつもない道路を我々は3日間で走り抜けた。巨大な大地にはただただ広く大きな丘陵と巨大な尾瀬や釧路湿原と述べたほうがわかり易いかもしれない巨大な湿原広がっており、チタまで数百キロに近づくと今度は果てしなく広がる北海道の美瑛と言い表した方がいいかな?そんな景色ののど真ん中をハイウエイが貫いていると言った印象。
湿原が多いのは永久凍土表面が解けているのか、もう気温は25℃前後もあり真夏のようなシベリアは暑いので湿原はまるでお花畑。しかも余り雨が降ってないようで、未舗装のダート道は誇りがすごい。パイパス工事が進んでいる場所は道幅は有に4斜線以上ありまあまあ走りやすいが、それ以外の旧道や橋の工事区間はこの上なくひどい。
特に急がなくとも良い旅であったが、そんな悪路(舗装だろうが未舗装だろうが変わらない)を100km以上のスピードでぶっ飛んでいる集団、ウラジオストックからモスクワ方面に車を陸送する切れ目のないぶっ飛び屋軍団と併走となったのとウラジオストックの滞在が長すぎたせいもあって少し距離を稼ごうと先を急いでしまった。
陸送軍団でも超スローペースになる場所だって相当ある。石はね防止などのガードはしているが虫と埃でひどい姿に変身している。あの走りを知ったら彼らが運んだ車を買えなどとは決して言えない。事実、途中でタイヤがバーストした車、下回りを打って停車している車、鹿に衝突して前部が破損した車など何台も見かけた。
彼らが立ち往生して困っている際に停止してバッテリーコードを貸したり、空気入れを貸したりした事もあって、何となく仲間意識が生まれてしまい、またガソリンスタンドでの給油時、カフェでの休憩や宿泊(陸送屋は車中泊、我々もこの間は車中泊)の時も一緒になるので抜きつ抜かれつのたびごとに手を振り挨拶するので自然と連帯感が生まれる。

ところで、アムール川を渡った初日の夜、食事を取ったカフェでクラスノヤルスクまで荷物を運ぶというトラックドライバーのイワンなる変なおじさんに読めないメニューを選んでもらったのが縁でロシア語の集中砲火を浴びいろいろな話を手振り身振りで聞かせれ、クラスノヤルスクに着いたら電話しろとか、ロシア人にもおせっかいやきがいるんだとつくづく思った。そして翌朝には朝食までご馳走になってしまった。また会えるといいな。
車の陸送はサバイバルに近い。乗用車は新車から7年以内の車しか輸入できないとかで、きれいな車ばかりが西へ西へと運ばれていく。そういった陸送に携わるロシア人達、もちろん一般のロシア人は本当は人懐こく、明るい事が判明した。そんな彼らたいてい、携帯電話とデジカメを持っている姿はどこも変わらない。