2007年5月28日

モンゴル大使館へ


ロシア連邦大使館領事部からビザが発行された。渡航目的はビジネス、招待先はロシアオリンピック協会、3ヶ月のダブルエントリー、パーフェクトである。Fさんのおかげである。しかも、船が着くウラジオストックで車の通関がスムーズにいくよう相談に乗ってくれる現地スタッフの手配までしてくれた。

手にしたパスポートを持ち今度は、渋谷区松濤の高級住宅街の一角に位置するモンゴル大使館までビザの申請に向かった。白鵬の優勝と横綱昇進が決まりドンチャン騒ぎでもしているかと思ったら、さほど広くないどちらかと言えば薄暗くこぢんまりしたオフィスは数人の申請者がいるのみでひっそりとしていた。申請書に必要事項を記入し写真を貼ってパスポートと共に提出したら即受理、一週間後には発行される。ともかくセーフ!

途中で、タイヤが安く手に入るようお願いしていたSさんから「Y浜タイヤから格安で出せると返事があったぞ」と、電話が入る。これに気を良くしたお馬鹿な私は、秋葉原にカメラの修理を依頼しに行くという杉ちゃんに「じゃあ携帯も持って行こう」と提案。もともとソフトバンクの3G携帯は海外ローミングの申し込みをするだけで、GSM方式を採用している国でそのまま使える事がわかっていたから。秋葉原へゴー!
ここで更にお買い得品を見つけるには・・・・向島に居るシンちゃんを呼び出したら飛んで来てくれた・・・・結果はすべて良し!

家に戻ったら7月半ばからローマのドイツ大使館に赴任するという Paulus から電話が入った。メールならともかく突然の電話には面食らったが「イルクーツクではタダで泊まれるホテルを手配する」、「車は弟が引き受けるから心配いらない」また「是非ローマまで来い」といった内容で、友のありがたい言葉を聞いた。

ローマまで行っちゃおうかな~! We are lucky!

2007年5月22日

乗船券


ふと郵便物に目を通すとFKKエアーサービスから乗船券と車のフレート通知が届いていた。あとは細かい身の回り品を揃えるのみか・・・・

昨日、だいぶ手こずりながらファンベルトを交換し、どうせ使えないナビをはずし、インバーターに ON/OFF スイッチを取り付け、コッタフズン君に壊されたブッシュバーの補修をした。車に関してはタイヤ、バッテリー、最後のオイル交換を残すのみとなった。
タイヤだけは新品に履き替えていこうと思い、ふだん安く提供してくれるタイヤショップに尋ねたら、4本で8万円もする。6万円と見込んでいたからショックだった。ヤフオクで検索するも結構高い。これでは安物買いの私としては納得できず、ある知人に相談。Yハマタイヤの協力を一部ではあるけれど得られる可能性も出てきた。まだ返事は来ないがほぼ半額程度で行けそうな気配。

「マツキヨに寄るべし」とレッズマが言っとりました。確かにシベリアの夏は大きな蚊やダニやブヨがすごいらしいから、虫刺されの薬やキズバンを買おうと思うが他に何が必要なんだろう?
そうだ!と思い友人の歯科医で治療のついでに、抗生物質の『ジスロマック』と鎮痛剤の『ロキソニン』をもらってきた。ありがたい!もちろんタダである。他に何か?

2007年5月20日

6月8日で決定


先週18日金曜日、伏木にあるFKKエアーサービスのS谷さんから「6月8日出港のルーシー号にブッキング出来ました」という電話が入った。これで出発日が確定!

ロシアのビザは25日に受け取れる予定で、即日にモンゴル大使館へ出向きビザを申請すれば、一週間後に受領できるはずである。その後に国際免許の申請をすれば出発の手はずは整う。なんとかギリギリで間に合いそうだが、これらすべての申請にパスポートの原本が必要なので致し方ない。
すでにパジェロに装着するナンバープレートは出来ている。そこで試しに付けてみた。ナンバーの数字が2桁だとなんかアンバランスである。こればっかりはしょうがない・・・・

昨夜は世界制覇ライダーが3人も駆けつけてくれいろいろとアドバイスをしてくれた。道路の状況であるとか、怪しい警察官や女性?への対応方法などを具体的に語ってくれたので、話が弾んでしまい床についた頃は空が明るくなっていた。

こうして、多くの人達に勇気づけられる事は本当にありがたい。友は一人でも多く持つ物だ。

2007年5月16日

何とか


富山県伏木港から6月8日に出港するウラジオストック行き『ルーシー号』の2名分のチケットと愛車パジェロのフレートの予約完了通知が現地の旅行社から来た。

ただし、チケットを予約をした旅行社の関連会社で通関業務を行う輸送会社からパジェロの
ブッキングが出来たかどうかの連絡は未だ無い。
しかし、運賃と振込み先の通知が来た以上ほぼ 6月8日(金)出発は確実ではないかと思う。何とかなったのかな?!

乗船料はカテゴリー3(窓のある2等船室4人部屋)の片道で一人 43,700円 、パジェロのの輸送費が片道 58,500円 である。
ロシアへの自由旅行が厳しくなったのと比例して、運賃も以前より、特に厳しく(高く)なっている特に人の運賃が。

それでも、食事付きで2日半以上も乗船していられると思えばこんなもんなのかな?

また、ロシアの旅行会社からはビザは順調に取得できそうですとの連絡あり。残る手続きはモンゴルのビザと国際免許証。何とかすんなり行きたいものである。

前の記事で prohfy さんからコメントをいただいたまま保留(ごめんなさい、ありがとう)してしまったが、タイ鯰の友達であるこの方も世界をまたに架けた旅人である。

2007年5月11日

ビザの申請 You Russia


赤い線が我々の予定ルート。ユーラシア大陸横断というより馬鹿でかい国が大半を占めるユーロシア大陸横断。

浜松町の駅から徒歩で5分ぐらいのところにあるロシア専門の某旅行会社に行ってきた。ここの、Fさんとおっしゃる方は今回の我々の無謀な旅についての救世主である。

今年4月から、車両を持ち込んでロシア国内を旅行する事が厳しく制限されるようになり、現地での登録手続きも変更され、旅行者の行動は政府のシステム管理下に置かれリアルタイムで居場所を把握されるようになった。
我々の旅で必要とするビザはモンゴル立ち寄りや日程の関係から通常の観光1ヶ月ビザでは無理な為、商用3ヶ月ダブルビザが必要になってくる。このビザを取得するには現地の会社や団体の招聘状(招待状)が欠かせない。
この招聘状は以前からある制度で、まともなビジネスで行くものは別として、旅行者にとっては建て前だけのいわゆるインチキ招待状であるが絶対不可欠なもの。この招待状を発行したものは招待者に対しての全責任(これも建て前?)を負わなければならないから、日本の旅行業者にはなかなか引き受けてもらえず、個人的にリサーチせざろう得なかった。
この事で足踏み状態だったが、ウラジオストックにオフィスを構え、東京にも事務所のある上記の会社に打診してみたところ、誠意を買ってもらえ引き受けていただく事となった。

駅で杉崎と待ち合わせ、この旅行者に伺ったのが昨日の事。オフィスのドアーをノックし名前を告げるとOさん(女性)が快く通してくれた。奥の方で忙しそうにしているF氏らしき方がすぐ目に入り、挨拶をかわした。電話とメールで聞いていたとおりF氏の口から最初に発せられた言葉は「ともかく厳しくなりました」。一方で「2週間後にはビザが発給されます」と、笑顔でおっしゃる。さらに、「ウラジオストック入港後は現地のスタッフが車の通関手続きをお手伝いしますし、なんでも相談されて結構です」との弁。思わず二人で顔を見合わせ微笑んでしまった。
ここからはロシア事情をお聞きしたり今後するべき事を相談したりして旅行社をあとにした。
これまで簡単に行けたサハリンでさえも渡航がだいぶ制限されそうだし、現在のロシアの事情からして、ひょっとすると我々が車でロシアを走る最後の日本人旅行者かもしれないと思えてくる。
このF氏は世界の著名な山々を制覇した元登山家で植村直己の後輩にあたるそうだ。

ひとまずロシアのビザの申請手続きは終了した。
キャンプ場もさる事ながら出発まで1ヶ月を切ってすることが山ほどある。

余談だが、ロシアは地図に載っている地点と実際の地点には相当の誤差があるらしく、地図に載らない軍事都市も数多くあり、絶対に立ち入ってはいけない。こういった国事情を理解した上で走行しないと旅を続ける事は不可能であるとの指摘を受けた。
ロシアへのGPSの持込は禁止されているそうだ。

2007年5月9日

骨の道 The Kolyma Highway


気になったのでウィキペディアで調べてみた。概略はこんな感じ....

The Kolyma Highway is a road through far Eastern Russia. It connects Magadan and Yakutsk. The road is 2032 kilometres long. It was constructed in the Stalin of the USSR by Dalstroy construction directorate.
The road is treated as a memorial, as the bones of the people who constructed it were incorporated into the road.
The area is extremely cold during the winter. Some believe actual winter temperatures reached in nearby highlands may be in the -80℃s.

骨の道とは、スターリンの旧ソビエト連邦時代に、国内から送られた囚人やポーランドの捕虜達が、コリマハイウェイ(東シベリアのヤクーツクからオホーツク海北部のマガダンを結ぶ)の道路建設に従事させられ、ものすごい寒さと重労働による疲労と飢えで死んだ遺体がそのまま道路に埋められた事に由来するようだ。第二次大戦で多くの日本人が抑留される以前の事である。

我々はこれより南側(日本人抑留地が多くある場所)を通過する。この道路は日本の補助によって3年前に全線開通した未舗装のいわゆるシベリア横断道路だ。ひとつ前のブログに記したようにこの道もツンドラ地帯に作られている為、我々が通過する雪融け時期は、ユアンが挑んだ骨の道と同様の状況になることも十分考えられる。

いよいよ明日はロシアのビザ申請。

2007年5月7日

オビ・ワン Long Way Round


スターウォーズエピソード1,2,3でお馴染みのユアン・マクレガーが親友のチャーリー・ブアマンとユーラシア大陸横断(Long Way Round)に挑戦したのが3年前、その一部のハードな逆コースを我々はアタックしようとしている。季節は同時期!

そこは「骨の道」と呼ばれ、映像にその時の様子が映し出されている。
旧ソビエト連邦時代、道路を建設していたときに、数え切れないほど多くの人が亡くなり、道路の下に埋葬された事から地元の人々は「骨の道」と呼ぶようだ。恐ろし~い!

シベリアにある道路の一部は永久凍土の上にあって、初夏には雪解けとともに水没する場所が数え切れないほどあるというのだ。しかも今年は温暖であり、いっそう厳しいのではないかとのうわさが....

このGWにSVに見えたY原さん( 海外ラリー経験が豊富で実際にこの辺りを走破した事がある )が言うには、我々の向かう頃がもっとも過酷な時期ではないかとの指摘。けれども、そうと聞いたらめげるどころか、いっそう闘志が湧いてくる杉崎と私であった。
このアドバイスを受けて牽引用のワイヤーロープ、"金象印"のスコップ、脱出用の足場板、それに長靴などを装備する事となった。
実際、そういった場所に遭遇したならば、果敢なアタックはあきらめていったん引き返し、素直にシベリア鉄道の貨車に載せてもらう腹づもりである。

実は根性なしであります。

2007年5月2日

一ヶ月ぶりに


これは、国際ナンバーを取る為に必要な『登録証書』。

この英文字の入った登録証書は管轄の運輸支局で発行してくれる。要は他の国の人にも理解してもらう事のできる日本政府の都合による車検証なのだ。また、国際ナンバーというのも漢字が理解できない外国人でも解るだろうという発想からのローマ字ナンバープレートである。
私のパジェロは福島ナンバーだから木賊から3時間半も費やし、東北運輸局福島運輸支局まで行っての申請となった。
パスポート等の必要書類は揃えて行ったが、こういった申請はまれというか全く無いとみえて発行までに結構な時間がかかった。しかし、若い担当者が笑顔で一生懸命対応してくれたので良しとしよう。

あとは、民間のナンバー製作会社に頼んで前後2枚を作ってもらうだけ。5,500円プラス送料がかかる。パジェロは『 福島 300 ひ 93 』だから『 FS 300 HI 93 』となる。
SVにはFAXがないのでスタローンの所に『国際ナンバープレート注文書』を送ってもらった。これに必要事項を記入し、登録証書のコピーとともにFAXで送信し料金を振り込めば10日後には届くという事である。

また、この4月から難しくなったという、我々の旅行日程に必要なロシアのビザを取得する為の招聘状を作成してもらう手続に悩んでいたが、心良く引き受けてくれる旅行会社をみつけたので、スムーズに事が運ぶであろうと胸をなでおろしたのが昨日だった。安堵の一ヶ月ぶり投稿!

順調に行けば出発は6月8日金曜日、富山県伏木港。